街ing"まっちんぐ"~豊中・箕面・池田

豊中・箕面・池田の北摂3市を中心とした街の情報や、不動産関連のお役立ち情報を書いています。

ちょっと不動産以外で、身近な話を。
ワタクシ自宅介護に関わっています。
昨年は母で、ようやく見送ったと思ったら、次は父親ですわ。
で、もちろんケアマネをはじめ、ヘルパーやドクター、薬剤師、理学療法士などなど、
多種多彩な専門職の方に、お世話になっているのですが、
改めてその経済はどうなっているのかを考えると。
介護保険、後期高齢者医療保険はもちろん、利用するわけですが、
利用者一割負担を加えると、月々100万以上の費用が掛かっているわけです。
老人ひとりで、ですよ。
で、少しその全体像を調べてみると、日本の年間の政策経費が78兆円。
医療、年金、福祉、介護の社会保障関連が33兆円。その多くが、
高齢者へ向けられたものでしょう。
もちろん、高齢者向け医療や福祉の専門職の方々は、その仕事で生活を担っているわけですが、
税金、国の借金から、多くの若い人の生活に回る経済。
民間企業の投資から生産、賃金、消費へと回っていく経済に比べて、どうでしょう。
成長力や夢や希望、未来への活力が、この循環で生まれてくるのか?
社会保障制度の、抜本的見直しとかで、議論されておるようですが、
その中身は「給付」と「負担」議論ばかり。
そうじゃなくって、もっと広い視野で、これからの人々の活力を引き出し、
日本の将来に「夢」をもってもらえるか、の議論が必要じゃないのか。
そこが、なくって、「負担」の話ばかりじゃ、
この先ニッポンはどこへ行く。ですね。

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刀根山から梅田方面。いい天気だ、でも暑い!


賃貸派VS購入派の議論は、昔からずーとありました。

が、その議論の根拠となるのは、その時その時の経済状況であったわけです。


金利の高いバブル時代、月々のコストだけでは、購入派は負担は大きいものの、

その分資産価値も大きかった。


今の時代は低金利で、長期ローンを組めば家賃以下の負担で、新築住宅が買えます。

住宅ローン控除もあり、とても有利です。


固定資産税負担、建物維持費等、あらゆるコストを加味した生涯負担を計算し、

賃貸と分譲を比べた試算は、あちこちに出ています。

しかし、生活の基盤である住宅を、その生活価値で比べるとどうでしょう。

賃貸は、移動の自由が大きいです。

生活の変遷に合わせて好きなところへ移動する。

これも生活価値です。

推測ですが、住宅が過剰になってくる将来、もっと流通が活発化し、

この議論が、意味をなくす時代がやってくるかもしれません。



近い将来、日本国民のおよそ700万人が罹患すると言われているのが、認知症です。

多くが加齢にともなって、発症する認知症になれば、困るのは日常生活だけではありません。

例えば、実家の不動産を処分するとき、その名義人が認知症となれば、容易に売却ができなくなります。

不動産の売却は、法律行為ですね。

契約書に判子を押せば、債務債権が発生します。

売却意思が明確でなく、不安定となれば契約相手との間で、さまざまな問題が派生します。

ということで、認知症と診断されれば「制限能力者」となり「意思能力」がないと判断されます。

ではどうすればいいのか?

保護者として、「成年後見人」を家庭裁判所に申立てます。ご子息など身内のかた等が、

「成年後見人」として、本人に代わって法律行為を行います。

このあたりの実務に携わっていると、このプロセスには、大変時間と労力が必要です。

「成年後見人」になった身内の方にも、大変な負担があります。

最終的に売却先が決まった段階でも、家庭裁判所に許可を申立てなければならないなど、

通常の不動産取引にないプロセスが、売却の機会を失う場合もありそうです。

例えば、認知症による要介護認定を受けるまでもないが、
施設に入っていて、今は意思はしっかり確認できる。

そんな、案件も増えてきています。

高齢者を抱えた家族には、アタマの痛いことではありますが、

病状と同じく、時間とともに問題解決が難しいこの問題。

ひとつ言えることは、早めの手当て、がなんといっても肝心である。ということかな。

一般の消費者向けに、売却や購入で、仲介手数料ビジネスをするのが、
不動産屋さん、ですね。

このビジネスでは今や、財閥系三井や住友といった大手が、大きなシェアをもって、

所謂、駅前に展開する個人商店的な不動産屋さんは、

だんだん少なくなっているのが、現状です。

何が違うのか?

広告出稿量が違います。

で、この出稿量が違うということは、

それだけ、販売機会が増えるということなのか?

無関係ではないけど、今や中小でもポータルその他を利用すれば、

市場に大量に情報を流すことは、難しくない。

それより、広告出稿量の差は、消費者に与えるイメージですね。

要は、それがブランド力につながっているわけで、ここが一番大きな差です。

話はそれますが、一括査定サイトというのが、賑わってます。

ネットで、不動産の売却査定を、一括依頼できると言いうもの。

もし、これを利用したいというのであれば、返ってきた査定額のなかで、

最高値を出した社のへの依頼は、避けたほうがいいと思う。

大手の手法として、「専任媒介契約」を取るためだけに高額査定を、

乱発するというのがあるから。

不動産が相場以上に高額で売れる時は、それは客しだいで、仲介会社の技量は、

ほぼ無関係。

大切なのはそのスピードと、問題解決のための営業マン個人の資質と言ってもいい。

市場シェアか、顧客(個人)シェアか、という話しがあります。

大手は、市場シェア。中小は顧客(個人)シェア。

つまり、顧客数の多い大手は、その分特定の顧客から離れやすく、個人シェア

(ひとりの顧客からどれだけ多くの仕事を得るか)は低い。

一方、中小はその逆。

大手の弱点と言っていいのであれば、そこです。

不動産の仕事が前出の営業マン個人の資質が、

問われる仕事、だとしたら、個人シェアはついてきます。

つまり、中小の生き残る道も、そこにあるのではないか、と。

負動産といわれ、無価値あるいは担保評価未満の流通評価しかない不動産があります。
これらは色々な理由で処分せざるを得なくなった場合、困難を伴います。

で、こういった資産価値のない不動産は、ほんとうに「負け」なのか。

ちょっと考えてみました。

戦後、住宅不足の時代を経て、土地という資産は大変価値のあるものでした。

平成バブル期には、高騰し続けるモノとして、その含み資産だけでは、多くの価値を生み出しました。

土地・不動産の価値は、お金で計るものだったわけです。

しかし実際は、住宅としての利用価値を考えた場合、

資産価値は、お金を借りるあるいは売却するといった場合を除けば、実感することはありません。

実需として、住宅として日々利用している中で、価値を感じることはできるか?

できますよね。

この家だからこの土地だからこそ、こんな生活ができた。友達も知り合いもできた。

それって不動産がもたらせてくれた価値です。

でもそれは、例えば、大豪邸だから、タワマンの最上階だから、

といった、画一的なモノサシだけでないはず。

世の中にひとつとして同じものはない不動産は、

そこでしかない実現できない生活の基盤です。

生活価値とでもいうべき価値が不動産を測る物差しであってもいい、と。

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